生きている証は執着そのものだろうけど
どうしても21日までに吐き出しておきたくて書くことにした。
ネガティブキャンペーンをしたいわけでも、流行りの担降りをしたいわけでもないので、開かなければ文字が目に入らないブログという形を選びました。
ただ吐き出したかったという理由だけで、誰かに見てほしいというわけではないので、申し訳ありませんが批判などは受け付けません。
でも、同じような思いを持っている人がもしいるならば、少しでもこの声が届いたら嬉しいです。
励みになることはないかもしれないけれど、同じ気持ちの人間もいるんだ、くらいに思ってもらえたら、私がファンとして生きてきた意味が少しはあったのかな。
はじめに。
私の脳はまだ、今回の一連の出来事が現実だということを認識していません。
でも正直なところ、発信していくことが重要であるとも思えない状態で、まして要望などを送れるようなモチベーションには至っていません。(それでも1ヶ所にだけは送りましたよ。)
「活動自粛」というニュースが流れた7日。
物理的な行き場も無くて、とにかく8月のライブを祈ることしかできなくて、味スタの前に蹲ってた。
私なんかよりもずっとずっと彼のことを大切に思っているフォロワーさんにあんな感情を聞いてもらったことは今思うと心苦しいけれど、すぐに会える距離はとても有り難かったなあ。
そしてそれ以降は、何も呟けないからTLは眺めるだけですが、普通にグループの曲を聴いてるし、ちょこちょこゲームも進めています。
さて、本題です。
私が最初に思ったこと、そして今だに処理できない思いをはっきりと書きます。
一番大好きな人達に一番大切な夢を潰された
どうして今まで必死で掴み取ってきた仕事を自分で手離すようなことをしたのか
真っ先にこの言葉に脳内を支配されました。
木曜日の夕方と金曜日の朝、テレビの中には見たことのない人がいた。
Twitterで見かける前向きな言葉達に吐き気がした。
好きなところなんて改めて教えられなくても、それぞれが知っているのに今更何だ、と腹が立った。
どうしてファンには何も言ってくれないの。謝罪なんて要らないから、とにかく今の気持ちを教えてほしい。どうして一番最初にファンを心配してくれた人が太一くんなの。
こんな世間的なイメージが付いて、これから先も今まで通りの活動ができるなんて、今の私ではどうしても思えない。
いのちのうた、本当に本当に楽しみにしてた。
ここにこういう形でこんな感情で書きたくなかったけど、本当に楽しみにしてたんだよ。
いつか、と思っていた手越くんと成亮くんの共演、まさかこんなにも早く叶うなんて思っていなくて、泣くほど嬉しかったんだよ
本当に本当におおばかものだ。
おそらく言えるような状況ではないことも察してるけど、それでもファンに対して何か一言でも伝えてほしい。
その言葉があれば何も迷わないのに。
消せないこの思いは、きっとここの界隈では悪とされる。
どうして4人を信じられないの、と。
私だって、私なりに大好きだよ。
でも、前を向けない人間はファンとは認められないの?
私みたいな人間は、今どこに気持ちをぶつければいいのかがわからない。
いつまでも下を向いて逃げ続ける私に、フォロワーさんを付き合わせてしまうことも本当に申し訳なく思ってる。
ネガティヴに引きずられるウザさってあるからね。
自分だけが、唯一の居場所だったはずの世界から置き去りにされてる。
じっくりと書いていて時間が経ってしまったので、以降のことはほんの最近の話。
最初に書いた文章をまるっきり覆すようなことを書くけど、考えるという行為をやめた私の脳は、もういっそはじめから15周年なんて無かったかのように認識し始めました。
泣くこともなく、ただ淡々と今まで通りに曲を聴いてる。
テレビの露出は減ったけれど、当たり前にあった彼らの音楽だけは私の中で変わらなかった。そして守りたいと誓った彼の笑顔も。
でもやっぱり、歌っている姿はまだ観られない。
この世界から、せめて自分の記憶の中から、何もかも無かったことになればいいのに。